2002

   
    カンボジア/アンコールワット/第一回廊壁彫/Jan.1969/Photo by S,Honda

本年もよろしくお願いいたします。

愛知県知多郡東浦町大字緒川字屋敷壱区九〇の一
真宗大谷派 受教山 了願寺 住職 本田眞哉/正子
470-2102 TEL 0562(83)3353  HP http://ryoganji.jp

法 話

(10)「年頭所感2002」

  新年明けましておめでとうございます。

     旧年中はご指導ご支援を賜りまして有難うございました。

     本年もよろしくお願い申し上げます。


    





























 21世紀幕開けの昨2001年は激動の年でした。大ニュースのダントツは何といってもニューヨークの「同時多発テロ」でしょう。とてつもない大事件が、思いもよらぬ手段で引き起こされ、物心両面にわたって予想だにできない大ダメージを世界中に与えました。今までの常識が、西欧の価値観が、否応なしに問い返さざるを得ない状況にいたっているといえましょう。

 テロ行為は確かに悪いこと。人道以前の問題で、赦される行為でないことはいうまでもありません。しかし、だからといって武力で叩けばすべて解決できるという問題でもありません。空爆でアルカイダ勢力を潰し、オサマ・ビン・ラディン氏とやらを捕らえて処刑したとしても、その怨念は彼の価値観を是とする人たちの間に残り、またテロ行為が発生することになる。復讐がテロを生み、テロが復讐を呼ぶという連鎖は断ち切れないでしょう。人間の性
(さが)といえばそれまでですが、報復の繰り返しはまことに残念なことです。

 昨年問題となった中国と日本の輸入関税の応酬も、報復の繰り返しに他なりません。日本国内におけるねぎや畳表の価格の下落を防ぐために、中国から輸入するねぎや畳表に高い関税をかけて輸入量をおさえる。一方、中国は自動車など日本からの輸入製品に高関税をかけるという応酬。これは経済・通商段階の報復ですから「武力闘争」ではなく「頭脳闘争」で、人の死傷に関わることはありませんが、報復の延長線上にあることは確かです。

 ことほどさように、人間が基本に置く価値観はその根底に「我」があるもです。「我」を良しとし、「他」を良しとしない人間の知恵「人知」の物差しで計れば齟齬
(そご)をきたすのは当たり前のこと。問題は「我他彼此」存在であることを人間自身が気づかないこと。親鸞聖人は、こうした実存を徹底的に突き詰めて自己批判する中から本願念仏の教えに出遭われたのです。その後も厳しい自己洞察は続き、85歳で著された『和讃』では次のように詠んでいらっしゃいます。

     浄土真宗に帰すれども
     真実の心はありがたし
     虚仮不実のわが身にて
     清浄の心もさらになし

               (愚禿悲歎述懐『和讃』)

 日本人はもちろん、世界中でこうした自己批判が欠けていることは間違いありません。「わが身」に気づく営みの欠如が「我他彼此」の世界を作り出し、「ガタビシ」する関係を繰り返し生み出しているといえましょう。「エゴ」の価値観で科学技術を進歩させ、それを活用?して経済発展を遂げ、利便性と豊かさを追求してきた20世紀的価値観が、2001年9月11日を境に崩れ去ったといわないまでも転換点に立たされたことは否めない事実でしょう。しかも、アメリカ経済、資本主義経済の発展のシンボル的存在の世界貿易センタービルがこれまた科学技術発達の象徴であるハイテク航空機によって壊滅されたとは、何とも皮肉なことです。

 しかし、現実は現実、このまま心の転換がなければ、世界人類は平和どころか存在そのものが危ぶまれる21世紀となるでしょう。当HP第1回「法話」でも記したようにまさに「誤りの虜」状態のスパイラルに突入してしまいます。仏教者としての私は、その責の重大さと自分自身の無力さに焦燥感が募るばかりです。各位のご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたします。         合掌。
                                        【2002.1.1.住職・本田眞哉・記】


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