法 話

(100)「世間虚仮

世間虚仮(せけんこけ)


唯佛是真(ゆいぶつぜしん)
聖徳太子『天寿国曼陀羅繍帳』より
大府市S・E氏提供


 

「世間虚仮(せけんこけ)

 

去る4月10日、私が理事長職をお預かりしている、名古屋市昭和区の社会福祉法人「愛知育児院」に突然電話が入りました。電話の主は、当寺が所属する真宗大谷派名古屋教区の要人。用件は、私に何か頼みたいことがあるので是非会いたいとのこと。ちょうどその日は会議もなく、デスク・ワークのみでしたので愛知育児院へ来訪いただくことにしました。

しばらくして教区要人が3人いらっしゃいました。何の用件かいぶかりながらお話を拝聴しますと、なんと真宗大谷派名古屋別院(東別院)の輪番に就任して欲しいとのこと。まさに“青天の霹靂”。「えッ、私がですか?」と声を張りあげる始末。とにかく輪番を引き受けてもらいたいと強力な要請。私は突然のことで頭の中の整理がつかず、「うーん・うーん」と唸るだけ。懇請を受けたものの、即答できるような問題でなくその場はお引き取りいただきました。

因みに「輪番」とは、ある辞典によれば「東西本願寺における寺務職制の一。近世では御堂衆の職掌に属し、交代で宗主の代理として御坊(別院)へ派遣され、御坊の寺務を司った」と。現在は、儀式作法を主宰するとともに、教学・教化・維持管理運営等、別院全般の最高責任者。対外的には代表権を有する法規上の代表者。

そんな重責を負う大役の候補になぜ私がノミネートされたのか。どう考えても理解できませんでしたが、ことここに至るまでの諸般の事情を教区要人からお聞きして、半ば「なるほど」と頷ける面が明らかになってきました。そのポイントは経営危機に瀕している学校法人尾張学園の問題。

尾張学園の嚆矢(こうし)は、文政10(1827)年に青木楽聞(あおきらくもん)翁が名古屋別院境内に開設した「閲蔵長屋(えつぞうながや)」。「閲蔵長屋」とは、仏教の大典「大蔵経(だいぞうきょう)」を閲覧に供する学舎という意味。学園転出先の瑞穂区高田町の土地も元来別院の所有地。尾張学園と名古屋別院は密接な関係、というよりは一体の存在。

ということから、尾張学園の理事長は名古屋別院の輪番が兼務することが伝統になっています。輪番職と理事長職とは表裏一体。名古屋別院の輪番職は院内の職務のみならず、尾張学園の理事長としてその経営にもエネルギーを傾注しなければなりません。否、むしろ現時点では学園経営の方が緊要の課題。平穏時ならば名のみの理事長でもよろしいでしょうが、経営危機に直面している現状では、輪番は学園経営の陣頭指揮を執らなければなりません。

そこで私学経営の経験がある私の名前が挙がった模様。私こと、かつて学校法人同朋学園の理事長職を8年ほどお預かりしたことがあります。設置・運営校は、同朋大学・名古屋音楽大学・名古屋造形芸術大学・名古屋造形芸術短期大学・同朋高等学校・同朋幼稚園の6機関。もうその頃から私学経営の危機が叫ばれ、経営は真剣そのものでした。

さて話を元へ戻しまして、4月末になって真宗大谷派宗務所から人事担当の参務(閣僚)が来山。宗務総長(総理)の意を受けて別院輪番の就任要請に来られた由。参務は、別院の状況や尾張学園の現況、就中尾張学園の危機的状況を鑑みて是非輪番をお引き受けいただきたいと懇請されました。しかし、私としては教区要人からの要請以来熟慮を重ね事の重大性は認識していたものの、即答できる状況ではありませんでした。

5月に入り6日に教区要人が再度来山。さらなる要請を受け、尾張学園や教区・別院事情等を勘案してやむを得ず輪番職をお引き受けすることにしました。数日後、私の内諾を受けて京都から参務が再び来山。参務は、私の輪番就任内諾を確認し謝意を表するとともに、学園経営に主力を傾注することになるため副輪番を置きたいとのご提案。そしてその候補者として当教区内のK氏の名を挙げ了承を求められました。もちろん私としては異存なくご提案を了としました。

参務は、その後直ちにK氏に副輪番就任について打診されたとのこと。しかし、彼は副輪番就任の諾否については回答を保留(その後現在まで保留のまま)。加えて不可解なことに、6月初めに別の参務(閣僚)から私に、彼を交えて輪番問題について話し合いを持つよう要請がありました。どういう趣旨か分からないまま、私は話し合いの場に臨みました。会談の場では、彼から副輪番についての回答が聞かれるかと思いきや、逆に輪番就任に意欲的な発言ばかり。

狐につままれたような状況の中、彼を輪番に推す教区人が署名を集めて本山に提出したとの噂や、教区内の実力者が彼を輪番に指名するように内局(内閣)に働きかけたとの噂も。まるで世間の政局人事問題を彷彿とさせるような事態の展開に唖然とするほかありませんでした。何とも空虚な空気が漂う中、6月12日K氏が輪番に就任することが決まったとの内報が入りました。

その報告を電話で聞いた時、私の心中は意外と平静でした。なぜかといえば、今回の名古屋別院輪番の人事問題、常識はずれの経緯を辿って来たことに私が辟易していたためかも知れません。その中身はといえば、まずこの問題が2か月間に亘ってもたついたということ。次に、総長の意向で私に輪番就任依頼の声を掛けて当方の内諾を得ておきながら、副輪番候補の別人を任命したという事実。彼については、かねて輪番候補の噂は仄聞していたものの、内局の公式ラインからすれば後発だったはず。まさにどんでん返し。

私が立候補したわけでもなく、教区内有志が尾張学園再生のためという視点から私に白羽の矢を立てたということが発端なので、今回の決着について別に「私憤」はありません。が、宗教界の枢要の位置にある真宗大谷派教団のトップが執った筋道がこれでよいのか、と私の心中では「公憤」が渦巻いていることは明確に宣言できます。

聖徳太子は「世間虚仮 唯仏是真」といわれ、宗祖親鸞聖人は「煩悩具足の凡夫、火宅無情の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」とおっしゃっています。いうまでもなくこの理念はわが教団の最重要なテーゼの一つであります。

今回のことの経緯を振り返ってみますと、虚仮という世間の価値観に振り回された状況で、まさに「そらごとたわごと」の“実演”だったのではないでしょうか。否、世間の常識にも勝る?宗務当局の愚行であったといっても過言ではありますまい。いま国政の場では麻生総理の人事問題での発言や政策面でのブレが指摘され揶揄されていますが、今回のわが宗門の宗政は国政に勝るとも劣らないブレという感を抱かざるを得ません。嘆かわしきことここに極まれり、という心境です。

嘆かわしきことといえば、学校法人尾張学園の経営状況も同様。前述の教区要人から学園の現況を聞き、私なりにも調べてみましたが、実にひどい状況にあることが明らかになってきました。こんな状態に至るまで、理事長をはじめ学園長や理事等、経営陣は何をしていたのかと指摘されても致し方ないと思います。

尾張学園は、新城市に新城大谷大学・同短期大学部、名古屋市に名古屋大谷高等学校、豊田市に豊田大谷高等学校を設置・運営。その中で経営危機が深刻で破綻に近い状態にあるのが新城大谷大学・同短期大学部。平成11年に社会福祉学科、入学定員100名(人間福祉50、介護福祉50)の短期大学として発足。平成16年には社会福祉学部社会福祉学科の四年制大学を開学。入学定員を四大100名(人間福祉50、福祉心理50)、短大50名に改組。

改組したことはよかったものの、驚いたことに開学以来10年間連続赤字。その原因は学生が集まらないこと。ずーっと定員割れだったのかも。近年のデータでは、平成20年度は短大の新入生25名で定員の50%、四大は33名で同じく33%。21年度にいたっては、短大の新入生は13名、四大は14名。収容定員対比でも大学が37.5%、短大が39%の充足率。身の毛のよだつような数字。

このようにお客様が集まらないのはなぜか。その要因の一つとして地の利が挙げられましょう。いわゆるマーケット・リサーチの不足。短大設置に当たり候補地を探す中、第三者を通じて私に意見を求められたことがありました。その中で新城市については、いろいろ条件がありましょうが賛成しかねるとお答えした記憶です。

最近急激に応募者数が落ちたもう一つの要因は、大学の信用が失われたということ。どの時点だったか記憶が定かではありませんが、愛知新城大谷大学・同短期大学の募集停止がテレビや新聞で報道されました。しかし、発表後まもなくして募集停止が撤回されました。このブレは重大問題で、受験生の信用を失墜させた責任は重かつ大であります。受験希望者が減少したのもむべなるかな。

一方、募集を停止したからといって大学はすぐ閉学するわけにはまいりません。平成21年度入学生が卒業するまで4年間は廃学できません。否、在籍は2倍の8年間可能ですので、場合によっては8年間の延長戦になるかも。延長してもしなくても経費負担は大変。1億や2億のお金はあっというもに費消してしまいましょう。

そうそう、お金といえば尾張学園のお金・財政のことも重大問題。大学部門の赤字については先に触れましたが、豊田大谷高等学校の赤字も膨大で、平成19年度には2億3千6百万円の消費収支超過額を計上しています。黒字決算は名古屋大谷高等学校のみ。ということは、名古屋大谷の黒字分と埋蔵金を大学部門と豊田大谷が食っているという勘定。

機関別の収支が公表されていませんので、学園全体でその運営指標を見てみましょう。いずれも金銭収支ベースの数値ですが、平成17年度に1億5千6百万円、18年度に1億6千9百万円、19年度に3億4百万円の赤字を計上しています。3年間で合計6億3千万円ほどの埋蔵金を食いつぶしたことになります。

かつて、尾張学園は30億円ほどの内部留保があるやに聞きましたが、19年度末では9億9百万円にまで目減り。私も同朋学園の理事長をしていたころ、将来の危機を見据えて、在職中に内部留保を70億円ほど積み増しした記憶があります。私学経営には建学の精神の具現、崇高な教育理念の実践が重要であることは言を俟たないところですが、財務分析を踏まえての財政健全化に取り組むことも重要課題です。

経営状況を示す指標の中の一つに人件費比率があります。一般的な収入金額に対する人件費の比率です。尾張学園の場合、学園全体の平均値ですが、この数値が非常に高い。最近のデータでは80%から85%で推移しています。この原因は学生・生徒の減少ということもありましょうが、カリキュラム編成と教員配置に問題があるのではなかろうかと思われます。

いずれにしましても、次期理事長・学園長をはじめとする新経営陣ならびに学園内全教職員が一体となって、破綻に至らないように学園再生に献身していただきたいと思うや切であります。願わくは、大学・短大設立時に、宗派からの2億5千万円をはじめ、名古屋・岡崎両教区ならびに名古屋・豊橋両別院から寄せられた合計5億2千万円の助成金、かてて加えて新城市からいただいた合計7億6千万円の助成金を無駄にしていただきたくないものです。

                                                                 合掌

《2009.7.7 住職・本田眞哉・記》



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