法 話

(107)「葬送

 本願力にあいぬれば

 むなしくすぐるひとぞなき

 功徳の宝海みちみちて

 煩悩の濁水(じょくし)へだてなし
 

(葬儀式に引く和讃) 大府市S・E氏提供

親鸞聖人作『高僧和讃より



葬送
  

 映画『おくりびと』がアカデミー賞を獲った為でもないでしょうが、最近新聞報道などで「葬儀」に関することがよく取り上げられています。もともと葬儀式の方式などは宗教によっても宗派によってもあるいは地域によっても差異があります。また、時代の変化にともなって葬儀式執行のあり方が大幅に変わってきております。太平洋戦争中と戦後、高度経済成長にともなう人口大移動期、そしてその大移動された方々も含めた高齢化時代、こうした時代の大変動期をターニング・ポイントとして、葬儀式のあり方が激変してきております。

 葬儀式変遷の流れを辿るために、まず終戦前の当山の葬儀式の方式を私の記憶をもとに尋ねてみましょう。没後直ちに自宅で「枕直し勤行
(まくらなおしごんぎょう)」。翌日ぐらいに夕刻から自宅仏間で「通夜勤行(つやごんぎょう)」。その翌日自宅で「棺前勤行(かんぜんごんぎょう)」を勤めた後、葬列を組んで葬場まで葬送。葬列は、先灯籠-のぼり-位牌-遺影-お膳-輿に載せた棺-親族-縁者-知人-一般会葬者といったような順序で組まれます。ただ、地域・時代によって多少違いがあるようです。

 葬場は野外で、石でできた棺台や供物台焼香台が地面に設えられていました。したがって、葬儀式を執行する導師は「曲ろく(椅子)」に腰掛けて法要儀式を執り行います。その後、自宅で葬儀を行う場合でも畳の間でも座らず、曲ろくに腰掛けるのはその名残です。葬儀式が終わりますと、隣人の奉仕作業ですでに掘られている墓穴に埋葬。火葬の場合は、葬場にある火葬場の炉に収めて点火。近隣の人(山人足とか言いましたっけ)か、みなし公務員かボランティアの炉番の人が薪をくべたり火の管理をします。そしてその日のうちに収骨(骨あげ)できる場合もあるし、収骨が翌日になる場合も。

 太平洋戦争の戦況が悪化し空襲が激しくなると、葬列が艦載機の攻撃の標的になる恐れがあるということで、葬列は廃止されました。そこで、棺前勤行から葬場勤行まで、全てを自宅で行う「告別式」方式を取り入れることになりました。枕直し勤行はもちろん、通夜、翌日の棺前勤行、葬場勤行が自宅で勤められ、自宅から霊柩車で火葬場へ。昭和30年代になって、埋葬は禁止されました。収骨が終わるとお骨は自宅へお帰りになり、「還骨
(かんこつ)・初七日法要」が執り行われます。

 この告別式方式は、現在に至っても当地方では続けられていますが、式場についてはここ30年ほどの間に大きく変化してきております。戦前からの「四八(ヨハチ:八畳の間が四部屋開放できる)」方式の家屋が少なくなったこともあって自宅で葬儀を営むことが難しくなり、式場を集会所や寺院に求めるようになりました。最近ではこれがまた様変わりし、葬祭業者の「葬儀ホール」等での通夜・葬儀がとみに多くなりました。当山の場合、自宅や寺で執り行う葬儀は全葬儀の1~2%。そうしたなか、住宅事情もあるのでしょうか、病院などで命終されたあと、ご自宅へは帰られず葬儀ホールへ「直送」されるケースも増えてきました。

 「直送」といえば「直葬」という同じ発音の言葉を思い出しました。家庭の事情で葬儀ホールへご遺体を「直送」して、そこで一連の葬送の儀が執り行われるなら、それはそれで問題はありません。しかし、「直葬」はご遺体が火葬場へ直送されて棺前勤行や葬場勤行はおろか、枕直し勤行も勤められることもなく、まるでゴミのように焼却されるのみ。もちろん法名もなく、僧侶も不要で、葬儀式も告別式もありません。少子高齢化の時代を迎えこうした傾向は最近急速に増加しているようです。聞くところによれば、首都圏では30~40%がそうした「直葬」だそうです。

 死後の世界云々の問題はともかく、残された人間の心の問題はいったいどうなるのでしょう。心の整理がつくでしょうか、心の落ち着きどころが見つかるでしょうか。「私」は忽然と今ここに実存しているのではありません。親があり、その親にはまた親があり、その親には先祖があり、連綿と続く時間の縦軸に数限りない横軸のご縁があって、初めて私が実存するのでしょう。そのことに深く心する時、理屈や義務でなく、いただいた無限の時間とご縁に感謝せずにいられないのが人間の「特権」ではないでしょうか。

 そのご縁の深さ広さを感得したときには、自ずから感謝の念が沸き、同時に「直葬」などに思いを馳せることは自らの心がNOの信号を発するはずです。これは法律でも規則でもなく、「人」と人との「間柄」なる存在「人間」の心の自然な発露でもありましょう。

2010.2.2 住職・本田眞哉・記》
  

 

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