法 話

(136)そらごとたわごと

 

    
    




大府市S・E氏提供
     
      

 

そらごとたわごと

 

去る6月30日、名古屋市中村区にある同朋大学の同窓会総会に出席しました。JR名古屋駅西にある名鉄ニューグランド・ホテルが会場で17時30分に開会。同朋大学は真宗大谷派の関係大学なので、冒頭「真宗宗歌」を斉唱の後「物故者追悼法要」を執行。因みに、真宗大谷派の宗門大学といえば京都にある大谷大学。大谷大学はいわば真宗大谷派教団の“官立”大学。同朋大学を始め宗門の関係大学は全国に数校ありますが、これらは国法上からも宗門法上からも全て“私立” 大学。

 追悼法要が終わると「会長あいさつ」「学長あいさつ」。続いて「議事」へと総会次第は定番の流れで進みます。議題も代わり映えしない
    ①  2011年度事業報告及び決算報告について
    ②  役員の改選について
    ③  2012年度事業計画(案)及び予算(案)について
    ④  その他

と、おきまりのコース。2~3質問がありましたが全案件異議なく承認され、議事終了。ヤレヤレ、と緊張感がほぐれました。と申しますのも、追悼法要の導師も、会長あいさつも、議事の取り回しも、会長職をお預かりしている私がやらなければならなかったからです。

 そもそも私が会長職をお受けしたのは、今から10年ほど前だったかと思います。再三就任要請を受けていましたが断り続けていました。何故かといえば、私は同朋大学には2年間しか在学しておらず、会員ではありますが、会長としては“単位不足”で失格だと申し上げてきたからです。愛知学芸大学(現・愛知教育大学)から同朋大学3年次に編入学し翌年卒業という経歴から、会長には相応しくないとお断りし続けてきたわけです。でも、先輩諸氏や昵懇の方々から強い要請を受けて会長の任に就くことになったわけです。

 議事も終了し休憩ののち、一同懇親会場へ。今年は例年に比べて出席者が多く、賑やかな懇親会となりました。定刻午後7時に開会。「真宗宗歌」斉唱のあと、またまた「会長あいさつ」。ここでは、昨年度学園全体が大揺れに揺れた「三大学統合問題」に触れました。

 学校法人同朋学園が設置する同朋大学、名古屋音楽大学、名古屋造形大学の三大学を一つの大学に統合しようという計画。前理事長主導のもとに数年前から統合計画が練られていた模様。しかし、このプロジェクトが理事長周辺のみで推進されていたようで、各大学や私たち学園評議員にも情報開示が遅滞していて、何か独裁的・隠密的な印象が否めない状況でした。

 一方、計画推進のために一番重要なプロセスと思われる、各大学の教授会への情報提供や諮問が殆ど行われていなかったとか…。したがって、学長・教授会もこの問題に前向きに取り組めない状況だったようです。また、新大学の学則についてもそれぞれの大学の教授会に諮られることなく、理事長主導で練られていたとのこと。更に、新大学の大学名も大学側の意見聴取もそこそこに理事会主導で決められたとも。かてて加えて魂消たことに、統合後の大学長が内定され、確か評議員会にもあいさつにいらっしゃった記憶があります。各大学の教授会に諮られたのかな?

 統合するとはいうものの、設置経費の問題もあって同朋大学を存続し、そこへ名古屋音楽大学、名古屋造形大学を吸収合併するという方式。当然ながら、統合により名古屋音楽大学と名古屋造形大学の歴史は閉じられることになります。これには両大学内にかなりの抵抗感があったようです。また、名古屋造形大学にとってはキャンパス移転の問題も。小牧の地から規模を縮減してキャンパスを名古屋・稲葉地へ移転しなければなりません。こうした点からも名古屋造形大学では移転反対の意見が強烈だった模様。

 こうした種々の問題点を孕むなか、昨年5月24日学校法人同朋学園の理事会・評議員会が開かれました。理事会の内容については承知しておりませんが、評議員会に諮られた議題の一つに「同朋学園寄附行為改正について(案)」がありました。「寄附行為」というのは学校法人の定款で、いわば学園の“憲法”。設置する大学のうち、同朋大学を「同朋芸術文化大学」と改名して存続し、名古屋音楽大学と名古屋造形大学を学部に改組して吸収合併するという寄附行為改正案。

 文科省指導のもと、3~4年間に亘って進められてきた三大学統合事務はここに至っていよいよ大詰めの段階を迎えていました。2012年4月の開設を目指しての文科省への書類提出はまさにタイム・リミット。5月24日の理事会・評議員会で最終成案が可決されたのをうけて、直ちに文科省への申請手続きを進め、無事認可が得られるものと思っていました。

 ところがです。記憶が定かではありませんが5月28日(土)か29日(日)の夜、ある筋から電話が入り、三大学統合のための大学改組の文科省への申請手続きを断念したとのニュース。「やっぱりそうだったのか」。私の中の私がつぶやきました。まさに「よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、…」(歎異抄)。親鸞聖人のお言葉が胸に重く響いてきました。

統合の企画が理事長サイドで練られ始めたのがいつかは定かではありませんが、かなり長期に亘って情報開示がされなかったのは事実です。そのためか、学内コンセンサスが未熟のまま計画が強引に推し進められてきた側面があり、事務処理そのものも齟齬を来していたのでではないでしょうか。そうした点についても文科省からきつい指摘があるのではなかろうかと心配していましたが、そのことが現実になってしまったようです。

 同窓会にも理事長周辺から秋波が送られてきて、三大学の同窓会役員が一堂に会して統合問題の説明を聞き、話し合ったことが2~3回ありました。しかし、私自身は今回の三大学統合計画及びその進め方に関しては否定的見解を持っていました。というのは、親鸞聖人の同朋精神を建学の精神としているわが学園の運営は、上意下達ではなく情報を開示して共々に考え、話し合い、企画して事業を推進していくべきだと考えていましたから。したがって、その後開かれた会合には出席しませんでした。

 いずれにしても、学園全体を混乱の渦に巻き込んだ三大学統合問題、白紙還元というかたちで決着を見ました。そして混乱は一応解消されたように見えますが、後遺症はかなりあるようです。しかし、理事長はじめ学長、事務局長、監査等の人事も一新され、学園内も落ち着きを取り戻しつつあるようですので、後遺症を一刻も早く解消して学園の再起発展が図られることを期待してやみません。

                             合掌

《2012.7.3 前住職・本田眞哉・記

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