法 話

(15)「心性(しんしょう)もとよりきよければ」(下)

 半田区検察庁からの電話の用件は、昨年1218日夜に発生した追突事故の件。大府市で法務を終えての帰途、自宅近くの赤信号で停止していたところへ後からドーン。思わずブレーキを踏みましたが、押し出されて前の車へガチャーン。私の車も前の車も軽自動車。追突してきた車は総重量1トンの普通乗用車。

衝撃で頭が前後に23回揺れたのを覚えていますが、そのあと心臓がドックンドックンと踊り出し、手がふるえて携帯電話のボタンを押すのも難儀でした。

しばらくして地元の駐在のパトカーが来ましたが、追突運転手が酔っぱらっていることが分かり、所轄署の交通事故係を呼ぶことに。寒風吹きすさぶなか2030分待ったでしょうか、ようやく事故処理車が到着。即座に飲酒運転と分かったため、簡単に現場検証をして詳細は警察署で聴取をするということで“散会”。それもそのはず、事故発生時から事故係到着までの間に、道ばたの畑で数回用を足していましたから。

翌朝早速整形外科へ行き診てもらったところ、軽い「むち打ち症」とのこと。以後年末まで通院治療。その間、事故第一原因者たる追突運転手は、数回見舞いに来てくれました。誠意は感じましたが、その都度気になる発言がありました。曰く「物損事故にしてもらえませんでしょうか」。耳を疑いながら「なぜ」と質しますと「酒気帯び運転のうえに人身事故となると、免許取消になってしまう。が、物損だけならば何とか免許停止で済むから」とのこと。要するに、“物損”ならば運転免許証の持ち点の減点が軽減されということのようです。

現に私は通院治療をし、医師の診断書も出ているのに、どうして“人身”をはずすことができるのか不可思議。もしそうした軽減ができるのなら、万一私が交通違反をやったときにはそうしてもらいたいもので、どんな法的根拠でできるのか教えてほしいといっておきました。

数日後、聴取を受けるため所轄署へ出向きました。TVドラマに出てくる、例の殺風景な机の前に腰掛けていると、担当の警察官が書類を持ってやってきました。立ったまま「人身(事故)にするのかね、どうするね」と私に質問。

とっさのことで私は唖然としましたが、「このとおり診断書もありますし、交通障害補償の付いた保険にも加入していますから…」と戸惑いながら答えたものの、どうも腑に落ちません。と同時に、かの運転手の「人身はなかったことにしてほしい」とのことばが思い起こされてなりませんでした。

ははーん、なるほど…、ここからは私の推測。加害者と被害者、当事者間で話し合いがつけば、「人身」はなかったことにできるのかも。そうなれば、「飲酒+人身+物損→免許取消」が罪一等減じて、「飲酒+物損→免許停止」になるのかな? となれば、軽重は別としても、負傷しているという厳然たる事実を隠ぺいすることであり、事は重大だといわざるを得ません。

道路交通法の、事故発生時にはまずけが人の処置を、という定めは何なのでしょう。法治国家といえなくなるのではないでしょうか。いずれにしても、何ともすっきりしない事の成り行きでした。

さて話を元へ戻して、検察庁からの電話の内容は、交通事故の被害者として加害者の処罰についてどう思うか、との質問でした。そこで私は、処罰については重くすることも望まないし、軽くするのも望まない、法令に則って厳正に処理していただければ結構ですとお答えしておきました。それよりも、前述のような免許証の持ち点の“減点を軽減する”というような措置を“当事者間の同意”を名分に「官」が容認するとすれば問題だ、と申し上げておきました。

何か暗い話ばかりを綴ってしまって恐縮ですが、このところ「政」も「官」も「民」もどうもすっきりしません。「厳正」などということばはどこへ行ってしまったのでしょう。不祥事のあとの当該責任者の決まり文句「あってはならないことが起きて誠に遺憾に存じます。ご迷惑をおかけしたことを心よりお詫びし、今後は二度と起こらないように厳正に対処します」というコメントの中だけに存在するのでしょうか。しかもこの「厳正」、何となく中身のない空回りした「厳正」に聞こえるのは私のひがみ心のせいでしょうか。

「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」という仏教用語がありますが、人は本来厳正な心を持っているのでしょう。ところが、私利私欲や体面・保身のために、あるいは組織防衛のためにそうした心が埋没してしまっているのです。ものの見方、考え方が本来あるべき姿を逸脱して妄想に囚われて逆転しているのです。しかもそのこと自体に気づいていないのが問題です。自覚がないのです。そうした状態に酔いしれている人間が目覚めない限り、社会の重苦しい霧が晴れる時代は来ないでしょう。

親鸞聖人(しんらんしょうにん)の『愚禿悲歎述懐和讃(ぐとくひたんじゅっかいわさん)』が味わい深くお教えくださいます。


   罪業(ざいごう)もとよりかたちなし

   妄想顛倒(もうそうてんどう)のなせるなり

   心性(しんしょう)もとよりきよけれど

   この世はまことのひとぞなき
                                        【426日住職・本田眞哉・記】 

  

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