法 話

(20)「報恩行」@

 1016日午前8時。すでに設営された足場から本堂の大屋根へと、屋根葺き職人さんが上がって行きます。いよいよ今日から瓦下ろしが始まります。まずは大棟の棟瓦から。

 下ろしてみると大きい。幅が45p、長さが32p、高さが20p。そういえば、中学生のころ一度大屋根に登ったことがありましたが、大棟の高さは私の胸のあたりまであったことを思い出します。棟瓦の形は角型。断面がちょうど将棋の駒の頭の部分のような形といえばお分かりいただけましょうか。専門的には「箱冠瓦」と呼ばれています。

 最近の建築ではこうした形の棟瓦はあまり使わないようです。ゆるやかな円弧の形で、重なる部分に角や丸の桟が付いた伏間瓦(ふすまかわら)が多く使われているようです。その形状からこれらの瓦は「角桟冠瓦」とか「丸桟冠瓦」と呼ばれています。その他の棟瓦としては、「亀冠瓦」と呼ばれる棟瓦があります。その名は、断面が亀の甲羅の断面を思わせる形から来ているようです。もう一つの例えでいえば、陣笠の断面のようだともいえます。

 葺き替えに当たって、棟瓦をどういう形にするか、ということでいささか議論のあったところです。入札のための「現場説明会」の折りに、屋根全体のデザインについては、できるだけ現状を忠実に再現してほしい旨お話ししました。ところが、屋根葺き担当滝瓦工業さんの専門家の話では、今は「箱冠瓦」はほとんど使われず「角桟冠瓦」か「丸桟冠瓦」が一般的だとのこと。

 私自身、他のお寺の本堂の棟瓦については漫然と見ていただけで詳しくは見ていなかったことに気付き、問題意識を持って早速フィールド・ワーク。数か寺を巡ってみましたが、なるほど、角型の棟瓦「箱冠瓦」は全く見当たりませんでした。文化財修復の経験もある降幡建築設計事務所の久富主任も交えて二度に亘って議論を重ねました。そうした中で、寄せ棟造りの本堂の棟瓦が角型という例はあるが、入母屋造りの本堂では角型の例はほとんどないというご意見も。

 しかし、住職の私としては、大鬼と棟の高さ、降り棟の高さと降り鬼の大きさのバランス、そして屋根全体の中でのアクセント等、現状のデザインが大変すぐれていると思っているので、「箱冠瓦」にこだわっています。議論は行きつ戻りつしましたが、副住職も同感ということで、棟瓦は現状の「箱冠瓦」とすることで決着。ただ、降り棟については角型とするものの、高さを若干低くすることで落ち着きました。

 さて、大棟の冠瓦と熨斗(のし)瓦を外し土を取り去るところまで作業は進み、翌17日には大鬼瓦が下ろされました。デカイ! 鬼瓦の本体は、高さ85p、幅90p、奥行き60p。経巻の直径はなんと17pもあります。そして鬼瓦の天辺を見て「ワーオッ!」。

 南側の大鬼には「干時天保四年癸巳(つちのとみ)弥生上浣(じょうかん=上旬) 三州碧海群大濱浦住 瓦工忠右エ門 藤原正信(花押)」と彫られているじゃありませんか。一方、北側の鬼瓦には「天保四歳癸巳卯月 三州小垣江村 瓦屋嘉左エ門」の刻銘。おそらく南側の名前が「鬼師」で、北側の銘が「葺き師」であろうと思われます。いずれにしても貴重な史料。

 天保4年といえば西暦1833年、本堂建て替えの時期と一致します。ということは、築後170年の間に何回屋根を葺き替えたか分かりませんが、少なくとも鬼瓦については新築時のままということになります。他の瓦、箱冠瓦などはかなり傷んだものがありますが、大鬼瓦は170年の風雪に耐えながらも傷みが少ない。一部光沢もあり、立派。

 本堂の鬼瓦の様式は、これまた寺ごとに千差万別。当山の鬼瓦の様式は「経巻足付き鬼」といって、鬼本体の下に「足」が付くスタイル。「足」は合掌を挟んで左右それぞれ2点ひと組で鬼本体を支える仕組みになっています。したがって、本体を含めて合計5点ワンセットで成り立っているという寸法。 合掌。            【次回へ続く/2002.10.2.住職・本田眞哉・記】

                                       
     

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