法 話
(227)「越年」
「
2019年の大晦日、長男夫婦(住職・坊守)、長女夫婦、次男夫婦と孫(男3人・女3人)、そして私たち老夫婦(前住職・前坊守)合計14人うち揃って、チト大袈裟ながら「年越し晩餐会」。リビングダイニングの中央に置かれた楕円大テーブルを囲んで14席を設定。因みにこの大テーブル、15年前の大修復の折り取り外した本堂大屋根の破風板を再利用したもの。両端を切り捨て、長さ460㎝×幅45㎝×厚さ9㎝の2枚の破風板を、縄勾配の凹曲面を向かい合わせに設えてテーブルの天板に。中央にできた楕円形の空間は廃材で塞ぎ、長さ460㎝、幅90㎝~105㎝のテーブルが完成。脚も含めて総重量は200㎏?
テーブルの上には料理がビッシリ。大皿に盛り付けた手製料理。ローストビーフ・ハム・カニ・サラダetc。加えて寿司の盛り合わせ。更にビール・日本酒・ワイン・ソフトドリンク等々の瓶が立ち並び、各々の取り皿や箸の点検もままならぬ状況。着席のうえ各自が確認し、確保したグラスにお好みの飲料を注ぎ乾杯の準備。“法話”は元旦の会食時に譲り、越年の一言のあと「乾杯!」。孫も最年長が23歳になり、最年少が17歳。飲酒できる年代も増え、飲みながら食べながらの会話も一層賑やかに。大学院、大学、高校、中学等学校の話題から趣味の話まで。
おしゃべりと飲食で大晦日ムードは最高潮。NHKの「紅白歌合戦」などは、若い世代の眼中にはなく、テレビの電源はOFFのまま。時計の針は粛々と進み、もう11時30分を指しています。本堂の「修正会」のお勤めの準備をしなくっちゃ。鐘楼では鐘撞き開始に向けてスタンバイ。担当は現住職。アシスタントの妹夫婦・弟夫婦・甥・姪を従えて鐘楼へ。事前にセット・アップしておいた数カ所の照明具のスイッチON。11時45分を期して第一打。ゴ~ン!“除夜の鐘”の打ち始めです。
いやいや、当派では“除夜の鐘”とは申しません。“新春初鐘”といいます。除夜の鐘とは? 辞書によりますと「大晦日の午後十二時頃から、仏教寺院で打ち鳴らす鐘。百八の煩悩を除去して新年を迎える意味から、百八回撞き鳴らす」とあります。しかし、我が宗祖親鸞聖人は煩悩を除去する必要はない、とおっしゃっています。聖人のライフワーク『教行信証』の行巻末に納められている『正信偈』の中に「不断煩悩得涅槃」という一行があります。読み下しますと「煩悩を断ぜずして涅槃を得る」。
煩悩を断たないで、その罪のまま、現生では正定聚の位に入り、命終われば浄土において円満な涅槃に入ることを得る、という意味。煩悩を断ちきらぬままで悟りを得ることができる、とお教えいただくのです。一般的には、煩悩を断ちきるためには、難行・苦行とまでいかないまでも、せめて善行に励むべきだといわれます。除夜の鐘を撞くのも、一年間に積もった悪業・煩悩を祓い清めるための善行になるのでしょうか。否、そんな必要はないと聖人はおっしゃっているのです。阿弥陀仏の本願に遭えば、そのままで助かると教示されています。
打ち始めてしばらくすると、続々と皆さんがいらっしゃって、次々と鐘を打ち鳴らします。撞木が撞座に当たって鐘が鳴るのはいうまでもないことですが、いい音を出すにはコツが必要。力が入らないと大きな音が出ません。反対に力を入れすぎると、撞木の当たりが撞座から外れたりして“割れ鐘”の音色となります。しかし、一人一発勝負ですので指導は困難。しかも“間合い”も様々、影で聞いていると、何ともアンバランスの感否めません。次々と皆さんが撞かれ、百八回を超えても鐘はゴ~ンゴ~ンと鳴り続けます。12時45分、来訪者が途絶えたタイミングでThe End。
一方、本堂では私こと第十六世前住職が「修正会」の準備を開始。本堂内陣は正月用の荘厳が設えられ文字通り荘厳な雰囲気を醸し出しています。中尊阿弥陀如来前を始め、祖師前・御代前・北余間・南余間の前卓にはそれぞれ打敷が掛けられ、花立には新しい仏花が生けられています。正月らしく須弥壇上の白供華には鏡餅。内陣・余間総灯明、50グラムの朱蝋燭に火を点し各尊前の燭台に立燭。各香炉に線香を入れ、内陣三尊前で焼香しいよいよ修正会開式。先ずは『佛説阿彌陀經』の読誦。衣の下に和装ベストを着用し電熱カーペットの上に正座。そのお陰か寒さは殆ど感じません。
ゴ~ンゴ~ンと鐘の音が響く中『佛説阿彌陀經』を繰り返し、繰り返し読誦。経文段落で着座のまま適時リモコンのスイッチON。「エエッ、何のリモコン?」とお尋ねの向きもおありかと。はい、カメラのリモコンです。鐘撞きの様子を本堂の浜縁に設えたスチルカメラで撮ろうとの企み。本堂参詣の方もあり、読経中に座を外すわけにも参らず、遠隔操作でシャッターをパシャ。法要終了後撮影したデータを見ると十数カット撮影されていました。ノーフラッシュなので動体像はボケていましたが、ライトアップされた鐘撞き風景はgood !
阿弥陀経読誦四回目の中ほどで鐘が鳴り止みました。間もなく“鐘撞き隊”が本堂へ。四回目読み終わって、一同うち揃って「勤行」。お勤めの次第は、正信偈・念仏讃・和讃・回向・御文。正信偈は前述宗祖親鸞聖人作『教行信証』に収められている七言六十句百二十行の偈文。次に念仏讃。六字の名号「南無阿弥陀仏」に旋律をつけて唱える声明。その念仏讃の数行間に挿入して唱えるのが「和讃」。私流の解釈でいえば「偈」は漢文で書かれた讃歌、「和讃」は和文で書かれた讃歌。聖人は「浄土和讃」「高僧和讃」「正像末和讃」「皇太子聖徳奉讃」等五百余首を著作されています。
修正会勤行和讃は「浄土和讃」の第一首「弥陀成仏のこのかたは」。当派の勤行式では、日々の勤行の和讃は浄土和讃から六首ワンセットで順次唱えてゆくのが正しい作法とされています。このことを「回り口」と称しています。その観点から、元旦の晨朝勤行の和讃は全ての和讃のトップ「弥陀成仏のこのかたは」次第六首を依用することになっているのです。
弥陀成仏のこのかたは
いまに十劫をへたまへり
法身の光輪きはもなく
世の盲冥をてらすなり
この後念仏讃と和讃五首をお勤めして「願以此功徳」(回向)。最後は「御文」。「御文」は本願寺第八世・蓮如上人の述作。述作というよりは書簡集と申しましょうか、ご門徒宛てに認められた手紙“文”の集録。時代的には、寛正の初め(1460年頃)上人四十六歳頃から晩年に至るまでに書かれたもので、総数は不明。1521(大永元)年、上人の孫圓如師が諸国に散在していた二百数十通より八十通を選んで五帖(巻)に編集したと伝えられています。
この五帖が現在の法要式で拝読されている「御文」。修正会では、御文も和讃同様回り口の最初、第一帖目の第一通「ある人いわく」を拝読。なお、一帖目から四帖目までは文末に記された年月日の流れに従って編集され、年次不明の文は五帖目に集録されたといわれます。特定の法要では、拝読する御文が定められているケースもありますが、ご門徒の年回法要などでは五帖目の中の一通を拝読するのが通例です。御文談義が長引きましたが、2019年から2020年への越年行事も無事円成することができました。有難うございました。
合掌
《2020/2/3前住職・本田眞哉・記》