法 話

(233)「蓮如上人(5)

 


 
大府市S・E氏提供

 

教線拡大に『御文』
  
 
  

前回蓮如上人の旺盛な子づくり活動を記させていただきましたが、この多くの子供たちが、浄土真宗の教線拡大に大きく寄与したであろうことは想像に難くありません。男子は、各地で寺を開創したり、蓮如上人が開かれた寺の坊主となったりして浄土真宗の教えを広め、本願寺教団の拡充に尽力。女子は有力寺院に嫁いで教団の結束を固めています。かてて加えて多くの孫たちも活躍し、蓮如上人一族の教法発信の威力は絶大。宗祖親鸞聖人が開いた肉食妻帯(にくじきさいたい)の教えを基とする宗門ならではのこと。他の(しょう)道門(どうもん)諸宗派では絶対に真似ができません。

「数は力なり」。田中元首相の名言か否か評価の分かれるフレーズですが、蓮如上人一族、特に27人のお子たち活躍の具体例を以下に列挙してみましょう。第一子・長男(じゅん)(にょ)上人は、大阪府出口に光前寺を開創。第三子・次男蓮乗(れんじょう)上人は、富山県井波の瑞泉寺住職、石川県二俣本泉寺住職も兼任。第五子・三男(れん)(こう)上人は石川県波佐谷に松岡寺を創設。第七子・四男(れん)(せい)上人は石川県に山田光教寺、瀧野坊、九谷坊を開創。第八子・五男(じつ)(にょ)上人は、長兄順如上人が1483(文明15)年41歳で寂したため、法嗣(ほうし)師の法統を受け継ぐもの)となりました。

法嗣となって6年後の1489(延徳元)年、如上人は32歳で第八世・蓮如上人から法統を受け継ぎ本願寺第九世となり、若くして本願寺教団のトップとして寺務を司ることに。教線拡大をはかるなか、「御文(おふみ)」の編集にも注力しました。「御文」とは、父・蓮如上人が門徒に書き与えた消息(音信)体の法語。文字通り手紙スタイル。文末は「アナカシコ、アナカシコ」。上人自ら「御文」とおっしゃっているようですが、本願寺派では「御文章」といい、また「勧章」「宝章」などとも称するようです。

内容は、真宗の教えの要を理解し易いように、仮名交じり文で懇切丁寧に説いた法話。蓮如上人46歳ごろから晩年に至るまでに書かれたもので、総数221通が伝えられています。前述のように、実如上人は自身の第三子・(えん)(にょ)上人とともに「御文」を編集。1471(文明3)年から1498(明応7)年までに書かれた58通を第一帖目(いちじょうめ)から第四帖目に、年次不明の22通を第五帖目にそれぞれ編集収録。わが宗門で日常的に拝読されている「御文」は「五帖(ごじょう)御文(おふみ)」に収録されています。この五帖御文の他に、(げの)御文(おふみ)とか帖外御文とかがあります。

本願寺第十世證如(しょうにょ)上人(実如上人の孫・蓮如上人の曾孫)が五帖御文を開版。御文が印刷製本されたことにより、広く門末に流布されました。寺院における大法要のみならず、在家(ざいけ)の日常勤行においても法要次第の最後に「御文」を拝読。本堂で勤修する主要法要の場合は、読経や勤行次第の最後に回向(えこう)(もん)。そして一同合掌の後、内陣(ないじん)出仕(しゅっし)者が後門へ退出。拝読者が余間(よま)壇上に(しつら)えられた御文箱から拝読する一帖を取り出し、蓋に入れて捧げ持ち外陣へ。御代前(代々門主の御影前)に側面して着座。威儀を正して御文を取り、頂戴して拝読を始める。

以上の所作が御文拝読の正式作法ですが、日常の勤行・読経などの場合は、外陣(げじん)の中尊前に着座してお勤めしますので略式で拝読。予め座右に置かれた御文箱から御文を取り出し、その場でやや斜めに参詣者の方を向いて拝読するのが当地では通例となっています。ご門徒のお内仏で執り行われる年回法要や報恩講の時も同様に御文を拝読いたします。一方、参詣の方々の作法も、かつては御文拝読の際には(こうべ)をたれ、あるいは合掌して拝聴される姿が見受けられましたが、最近ではこうした所作をされるご門徒の方は僅少になりました。

ところでこの御文、日常的に他の聖教(しょうぎょう)とは扱いを異にしています。先ず御文の本はA4判変形で、他の経本などと比べて格段の大きさ。したがって特別な収納箇所が必要。当地の〝三河・尾張仏壇〟では、前卓が載った中壇下の中央に御文専用の引き出しが設けられています。これを引き出して座前に置いて蓋を開け、中の箱から御文を取り出して拝読。最近の仏壇は小型化して、この御文専用の引き出しが設けられていないケースが多くなりました。そうした場合は、付属の御文箱を依用(えよう)します。ただ、日常の声明本に五帖目の数通が抜粋して掲載されていますので、それを拝読するという簡便な方法もあるかと。

当山備え付けの五帖御文は、幅21.5㎝×奥行26.5㎝×厚さ23㎝ほどの大判。各帖の厚さは多少のばらつきがありますが、いずれも五つ目和綴(わと)じで、装丁は金襴。各帖の巻末には、幅5㎝長さ15㎝ほどの特大文字「釋乗如(じょうにょ)」と花押(かおう)。乗如上人は東本願寺第十九世。在職は1760(宝暦10)年~1792(寛政4)年。次に「尾州(びしゅう)知多郡(ちたごおり)緒川村(おがわむら) 了願寺什物(じゅうもつ)」「明治十九年三月上旬 求之」の筆書き(明治十九年=1886)。続いて購入に当たっての寄付者名。合計28名のご門徒の氏名と実印。最後に、「維干時昭和八年三月改訂表紙」の付箋(昭和八年=1933年)。五帖とも金襴装丁に改められたのはこの時点と思われます。

本堂で日常依用している御文箱は、三帖ほどが収まる浅い御文箱。別の五帖用御文箱を補修しようと、汚れを落とし拭きあげたところ、漆塗りの箱の底板に次の文字を発見。「文政六癸未年秋九月 知多郡緒川 了願寺什物」。「えエッ?」、-ここで疑問点が浮上。文政六年といえば1823年。各帖奥書の明治十九年(1886)年とは63年の開き。当山16代までの住職在職年数は平均30年。ということは、箱を製作してから63年・2代を経てから五帖御文を購入したことになり、極めて不自然。推測するに、箱新調時の御文は60年余使い古して廃棄し、明治年代に新調し、昭和年代に補修した現存御文を、(くだん)の箱に収納したのではなかろうか、と。

五帖御文の文字サイズは48ポイントほどで、書体はパソコンの「HGS岸本楷書体」に少し平体をかけた感じ。漢字混じりのカタカナの文が、極厚の和紙に木版でしっかりと印刷されています。ただし漢字は旧字体、カタカナは旧仮名遣い。御文の読み方の基本は、句切りで一字下げ。「一字下げ」といっても、原稿執筆時に段落変更を明示する一字下げとは全く異質。句切りの最後の一字の音程を下げること。ところが厄介なことに、この句切りに句読点は無く半字開け。

然らば、この読み方をいかにして身に着けるのか、とのお尋ねもあろうかと。幸いにも、『御文(おふみ)読稽古本(はいどくけいこぼん)』なるものが著わされています。net上にはCD付きの稽古本が出品されていますが、当山保有の稽古本は100年以上経たと思われる古本。大きさはB6判、厚さは2.5㎝。表紙は繰り返し補修され、和綴じ直しも度々かと思われます。したがって、見返しも内表紙もなく題字も奥書もありません。しかし、薄葉紙に木版印刷された五帖の内容は、コンパクトながら頁や文字配列も原本同様。その上、本文中に符号やカナが実に繊細に豊富に盛り込まれていて、拝読の習得に大きな助力となります。以下にその数例を列挙しましょう。

前述のように御文の句切りには句読点がありません。稽古本ではその区切り方には三様あると符号で教示。「●」は全切り=その上の一字(一音)を声を下げて読み、息を継いで休む箇所。「〇」は半切り=声をあまり下げないで、一旦声を切り休む箇所。息は継いでも継がなくてもよい。「、」は上下の句の区別をする箇所。強いて声を切って読む必要はないが、上の句と下の句とをいささか区別する感じで読む箇所。といった塩梅(あんばい)。「●」は比較的容易にできますが、「〇」と「、」はコツを飲み込むのにはかなり訓練を要します。

次なる注意点は濁音の問題。カタカナの本文や漢字の振り仮名に濁点が無いため要注意。例えば、(サフ)(キヤウ)(サフ)(シユ)ノココロ(ぞうぎょうざっしゅのこころ)/罪業(サイコフ)深重(シムチウ)ナリトモ(ざいごうはじんじゅうなりとも)/浄土(シャウト)往生(ワウシャウ)(じょうどのおうじょう)/南无阿弥陀佛( ナ モ ワァ ミ タ フチ)(なむあみだぶ)等々(カッコ内は読み)。稽古本では、本文・振り仮名とも濁点が付けられています。ただし、旧仮名遣い。蛇足ながら、南无阿弥陀佛の南无の読みが「ナモ」となっています。語源はサンスクリットの「namoh (ナモー)」ですのでこれは間違いでなく、原典に忠実な「(おん)(しゃ)」といえましょう。

カタカナ符号による読み方のルールも難解。漢字(縦書き文)の左肩または右肩に「ノ」「ム」「ツ」「ス」等の小文字符号を付けて読み方を表示。「ノ」「ム」の符号は発音を呑む。ただし、これには 二種類あります。 ①音尾を呑んで全く発音しない。ex.1 阿弥陀佛(ワア ミ タフチ)()()ノココロ(佛の左肩に「ム」の符号:読み=あみだぶのしじのこころ) ②口を閉じて「つ」の音を呑んで鼻音で称える「鼻的破裂音」。これを文字で表わすには無理があるかと思いますが、敢えて挑戦すれば次のようになろうか、と。ex.2 決定(クヱチチヤウ)往生(ワウシャウ)(決の左肩に「ム」の符号:読み=けつんじょうおうじょう)。以上二種類。

次に「ツ」の符号。「ツ」は詰める。いわゆる促音(そくおん)ex.3 ワカ身モ(アク)(ケン)(チュウ)シテ(悪の左肩に「ツ」の符号:読み=わがみもあっけんにじゅうして)。ex.4 (シン)(シチ)信心(シンシム)(實の左肩に「ツ」の符号:読み=しんじっしんじん)。ex.5 (トフ)テイハク(問の左肩に「ツ」の符号:読み=とっていわく)。ex.6一向(イチカウ)(一の左肩に「ツ」の符号:読み=いっこう)。稀にではありますが、「ス」の符号が付けられたフレーズがあります。「ス」は澄む、清音。特に濁音と混同しやすい場合にのみ付されるとのこと。ex.7 路次(ロシ)大道(タイタウ)(次の右肩に「ス」の符号:読み=ろしだいどう)。

以上御文拝読のhow to を記してみましたが、これらの他にも連声(れんじょう)とか読み癖とか留意点があるようですが省略することとして、これにて一区切りといたしましょう。

                                 合掌

2020/08/03  前住職 本田眞哉 記

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