法 話

(236)「蓮如上人(8)

 


 
大府市S・E氏提供

 

祈り

  
  
  
  

前回、文末で『中日新聞』(2020(令和2)年928日付け朝刊)掲載のシリーズ記事『トヨタ ウォーズ』第6部について触れました。第6部のテーマは「祈り」。そのプロローグ、以下に引用して記させていただきます。

鳥のさえずりが聞こえる静かな高原の寺に1年に1回、国内外からス ーツ姿の男たちが集まる。その数450人余り。黒塗りの車から降り立つと、数珠を手に神妙な面持ちで本堂に向かう。
 長野県茅野市の蓼科高原にたたずむ聖光寺(しょうこうじ)。知る人ぞ知る、トヨ自動車が交通安全に祈りをささげるためにだけに建立した珍しい寺だ。毎年開かれる夏期大法要には、トヨタグループ各社や販売会社の幹部らが一堂に会する。
 今年は創建50年という節目。しかし新型コロナウイルス感染拡大のため、規模を縮小し、ひっそりと執り行われた。
 「車によって、命を落とす方がいる。悲しい思いをされる方がいる。私たちはその事実から決して目をそらすことなく、車を作り、新しい技術を世に送り出します」。718日、トヨタ社長豊田章男(64)の声が小雨の境内に響いた。
 交通事故死はゼロ、さらに交通事故自体もゼロにせねばならない。カ ーメーカーとしての使命を胸に、より安全な車を作るため、半世紀にわたり祈り続けてきた。

豊田は続けた。「この世界から悲しい事故がなくなりますように、これからも私たちは願い続けてまいります。そして、もっと人々を幸せにする車を追求してまいります」 (敬称略)

 記事は3面へと続き、「その1」。メインタイトルは「事故ゼロへ 祈り半世紀」。72ポイント明朝体縦書きで大書。中央左寄りには黄色の短冊に「聖光寺㊤」のゴシック体。そして、横書きのサブタイトルは「自販社長の発案で建立」。この3つのタイトルから記事の概要がほぼ把握できるかと。

 1965(昭和40)年名神高速道路が全線開通。67年には国内の自動車保有台数が1,000万台を超え、交通事故死者数も同年16,000人を突破。「交通戦争」の活字が新聞紙面に現れるのも度々。そうしたなか、トヨタ自動車販売(当時)の「販売の神様」の異名をとる神谷正太郎社長(故人)が当時の状況に心を痛め、交通安全を祈る観音堂の建立を発願。愛知トヨタ自動車の山口昇社長(故人)とともに、全国の販売店から資金を募り、私財も合わせて16,000万円を投じた、とのこと。自然豊かで静かな長野県茅野市・蓼科高原の小学校跡地に「聖光寺」を建立。時に19707月。

 因みに新寺院設立の場合、二つのケースがあります。「単立」と「被包括」。前者は文字通り単立でどの宗派にも属さない、自らが本山であり末寺でもある〝自己完結〟型の寺院。これに対して、後者は既存の包括団体である〝宗派〟に属するタイプ。例えば、当山「了願寺」の包括団体は「真宗太谷派」であり、本山は東本願寺。もちろん宗教法人法による宗教法人。寺院規則第一章には、第一条(名称)第二条(所在地)に続いて、第三条(包括団体)として「この法人の包括団体は、宗教法人『真宗太谷派』とする」と謳われております。

 そして第四条には「了願寺」存立の意義を謳う(目的)が記されております。

第四条 この法人は、その法人の包括団体の規程たる真宗大谷派宗憲(以下、「宗憲」という)により、宗祖親鸞聖人の立教開宗の本旨に基づいて、教義をひろめ、儀式を行い、門徒を教化育成し、社会の教化を図り、その他この寺院の目的を達成するための、堂宇その他の財産の維持管理その他の業務及び事業を運営することを目的とする。

 新たに寺院を開創する場合、監督官庁から設立認可を得る手続き上で「単立」の方が「被包括」よりハードルが高いとか。一方、単立寺院ならではのメリットもあるようです。尼崎杭瀬の地に開創した単立寺院「宗教法人」西栄寺のHPには次のようなコメントが掲載されています。

単立寺院ならではの利点は多くあります。まず余計なしがらみが無いこと、そのお陰で新しいことに気兼ねなく挑戦出来ること。その結果、檀信徒様の為のお寺として最大限機能出来ること。なにより格式にとらわれず檀信徒様にとって身近なお寺であることこそ、生粋のやんちゃ坊主である住職の願いでしたから、他所の顔色を窺いながら一律に横並びといった布教形態には収まろうはずもありませんでした。

 なぜここで単立寺院のことを引き合いに出したかといいますと、前述の聖光寺建立のことから連想ゲームのようにこのことが脳裏を過ぎったからです。寺院建立を発願すると、先ずは境内地とする土地を確保しなければなりません。しかも一般的な住宅地でなく、かなり広大な面積の土地を。次に七堂伽藍の建立。木造であれ、鉄骨造であれ、コンクリート造であれ、寺院に相応しい建造物が求められます。聖光寺の場合、土地の取得や堂塔建立の事業はトヨタ自動車が中心になって推進されたようです。資金調達の面でも。

かくして、蓼科の地に素晴らしい仏教寺院が姿を現したわけですが、これだけでは法的には寺院と認められません。広大な土地や豪壮な建築物には固定資産税が課せられます。法的に認められるには法人格の取得が必須。そのためには、大前提として宗教法人法にいう〝宗教団体〟がすでに存在し、現に活動していなければなりません(第二条)。その上で次のような要件をクリアすることが必要。

         礼拝の施設その他の財産を有していること
         布教活動をしていること
         日頃から儀式行事を行っていること
         信者を教化育成すること

ということは、法人格を得るためには②③④の3項目の宗教活動の実績(少なくとも3年間)がなければなりません。しかも、その証明が必要。かなりの時間を要しハードルが高い。前記単立「宗教法人」西栄寺の場合も、宗教活動の嚆矢(こうし)から法人格取得までに16を要した模様。したがって、聖光寺も1970年の開創から遡ること十年以上前に新寺建立が発願されたと思われます。

聖光寺は、「単立」ではなく「被包括」のケース。聖光寺の公式HPには、沿革・宗祖・宗派・教義等の記載がないため宗派が判然としませんが、新聞記事によりますと奈良・薬師寺の別院とのこと。薬師寺は法相宗の大本山。したがって聖光寺の宗派は法相宗ということになります。1970年(昭和45年)79日に薬師寺より長老・橋本凝(はしもとぎょう)(いん)師を迎えて開眼(かいげん)法要(ほうよう)を執行。以後、毎年7月には夏期大法要を勤修。観音講も結成され、月法要に合わせて奉仕活動を展開。こうした宗教活動が連綿と受け継ぎ伝えられ、今年開創50周年。これからも聖光寺の法灯が100周年に向けてますます輝きを増すことを期待して筆を置きます。

合掌

2020/11/03  前住職 本田眞哉 記

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