法 話

(30)「いのちの尊厳」(上)

 このところ殺人事件が頻繁に発生しています。大人同士の殺し合いもさることながら、幼いいのちが奪われる事件も多発しています。しかも殺す側の低年齢化も進み、事態は一層深刻の度を増しています。12歳の少年が4歳の幼児のいのちを奪うという、常識では考えられないショッキングな事件まで発生しています。

 こうした殺人事件、一方では“理由なき殺人”という側面も持っています。殺す側にはそれなりの理由はあるかも知れませんが、私たちから見れば理由は見当たりません。何ら利害関係のない幼児や、通りすがりに見知らぬ人を刺し殺すという行為は“理由なき殺人”そのものです。

 今までの“常識”からすれば、殺人の理由は「怨み」か「物取り」。殺人はいうまでもなく悪いことですが、ひどい目に遭わされた相手をついカーッとなって刺してしまったとか、金品を取るために忍び込んだものの、見つかって居直り殺してしまった、という例も聞くところですが、それはそれなりの“理由”として分からなくもありません。

 しかし、ある少年のいうように「相手は誰でもよかった」とか、「自分で自分が分からなくなって殺した」ということになると、もはや私たちの頭では理解できません。人を殺すこと自体が目的であって、その目的を達成するために殺すのだから、理由はそこにあり“理由なき殺人”には当たらないといわれればそれまでですが、どうもスッキリしません。

 大阪・池田小児童殺傷事件の詫間被告の「世の中のやつ、全部敵や」、「将来有望な子どもを殺す方が自己満足がある」、「幼稚園ならもっと殺せた」などという法廷での発言に至っては何をかいわんや、であります。

 こうした確信犯的動機付け・理由付けは1990年代から顕著になってきたといわれますが、その根元はどこにあるのでしょう。ある人は日本の戦後教育にあるという。また、ある人は家庭の教育力の低下にあるという。いずれも否定することはできないでしょう。

 物量豊かなアメリカに戦争で負けた反動からか、日本人はとにかく経済力を付けて国を豊かにしてみんな幸せにならなければ、という発想でしゃにむに働いて戦後復興に取り組みました。

 また、経済発展にはすぐれた人材が必要だということで、高学歴の人材の養成は社会・家庭共通のニーズとなりました。「しっかり勉強してよい高校に入り、有名大学に進学しなければ。大学を出たら大企業に就職しなさい。そうすれば給料もたくさんもらえるし、君はきっと幸せになれる。」こうした会話がほとんどの家庭や学校で、平気で交わされた時代でした。

 その“お陰”か、日本は経済大国になり、アメリカをもしのぐ勢い。反面、「お金があれば幸せになれる」という思想が日本人に染みつき、「物質的に豊かな生活をすることが幸せななんだ」と教えられてきました。

 その結果、経済至上主義社会となり「お金さえあれば」という「拝金宗」の信者がはびこることに。「いのちより金が大切」という風潮は、知らず知らずのうちに日本人の心の奥底に、カビのようにへばりついてしまいました。

 最近ようやくこうした風潮に歯止めがかかり、「ものの豊かさより心の豊かさを…」とか「21世紀は心の時代」とかいうキャッチフレーズがよく目にとまるようになりました。が、時すでに遅し、といったところでしょうか。

 「教育は百年の大計」といわれるように、「いのちより金」の教育のツケが3代目に回ってきたような気がします。「加害者の親を引きずり出して、市中引き回しの上…」の発言は論外としても、殺人犯を育てた親に責任があることはいうまでもありません。
しかし、他人ごとのように傍観してはいられません。その親たちを教育したのは私たちの世代であります。また、その私たちを育ててくださったのは、日本の戦後復興に粉骨砕身した私たちの親の世代であることも間違いない事実であります。

 二世代・三世代にわたる、人々のいのちの歩みの中で、それぞれの結果が出てくるものだと思います。とすれば、日本人全体がその責任を共有し、他人ごとと考えず50年後、100年後の子孫に何を残すか、家庭を含めて教育の問題に真剣に取り組まなければならないと思います。今こそ、「いのちより金」なのか、「金よりいのち」なのか、人生の価値観の問題を真剣に考える絶好のチャンスではないでしょうか。

 教育論議はさておき、いずれのケースも、殺人犯は相手のいのちを自分のいのちと同等と思っていないことは確かです。相手のいのちを自分のいのちのレベルより下に見ています。いのちを差別しています。
でなければ、無抵抗の、いや無抵抗どころか、逃げまどう子どもを追っかけて刺し殺す、などという行為はできっこありません。まるで虫けらを殺すように…、お〜ッと失礼!虫けらだっていのちの重さは同じ、十方衆生いのちは平等なのです。合掌

【次号へ続く:2003.9.1 住職・本田眞哉・記】

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