法 話

(63)ノルマと主体性」

念仏をとりて信じたてまつらんとも、

またすてんとも、

面々の御はからいなりと云々。

 

『歎異抄(たんにしょう)』より

今朝のテレビニュースが報じていました。キリンビールが数年ぶりにビール販売のトップシェアを奪還した、と。どのようにして業績を回復することができたのか、とのインタビューに対して、加藤壹康社長は「商品開発も販売戦略も『お客様本位』の経営方針が功を奏した」とおっしゃっていました。営業畑出身の加藤社長ならではの手法だったのかも。

私自身酒飲みではありませんのでビールの味のことは詳かではありませんが、キリンビールの持ち味は「キリッとした苦み」が強いというのが定評だったと思います。ただそれだけでは時代の変化に対応しきれないということで、「のどごし〈生〉」とか、発泡酒「キリン円熟」をはじめ、次々と新商品を開発しそれがヒットしたとのこと。

販売方法の面でも新機軸を打ち出しているようです。私はこのところスパー・マーケットへ行っていませんので全く分かませんが、映像で紹介された売り場の様子にアッと目が惹きつけられました。食品のトレーが並ぶ同じショー・ケースにキリンビールが置かれているではありませんか。いわく「この食材にあったビールをどうぞ!」のキャッチ・コピーも添えて。なるほど…。

鮮魚は魚類の売り場、肉は肉類の食材売り場、ビールは酒類売り場に並んでいるというのが今までの常識? ビール売り場に牛肉のトレーが並んでいたか否かは確認できませんでしたが、ビールに合いそうな食材のすぐそばに高級感のある衣装のビール瓶が置かれていれば、思わず手が伸びてビールをカートへ、ということになろうというもの。客の心の中に購買意欲を沸々と醸し出させる実に心憎い心理作戦。

一方、「販売奨励金」を段階的に廃止したとも。販売奨励金なるものは、聞こえはよろしいが言ってみれば「販売ノルマ」。目標値を達成するためにいろいろな策を巡らします。「嘘も方便」とか、無理をするなか「ウソ」が出るかも。商品そのものが優れていれば、「ウソ」を言わなくても目標値は達成できましょう。

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このところ連日新聞紙面を賑わわせているのが「国民年金不正免除」問題。明るみに出た当初、私自身何がなんだか分かりませんでした。問題の構図が掴めないうちに事態はぐんぐんエスカレート。全国各地の社会保険事務所で不正が行われていたことが次から次へと明らかになってきました。

国民年金の保険金の徴収率が低いと問題視されているなかで、なぜ徴収当事者の社会保険事務所が本人の意思確認もせずに納付免除や納付猶予のプレゼントをしなければならないのか、どうしても納得できません。そのうえに各事務所は、事務処理や対象人数等について「ウソ」の報告を本庁に上げていたとか。

ようやく2〜3日前から問題の本質が分かってきました。その元凶は「ノルマ」でした。お上から地方へ「国民年金保険料の納付率を上げよ!(下げるな!)」と檄が飛んだのでしょう。数値は分かりませんが「目標値」なるノルマが課せられたのかも。地方の事務所長は、「未納のままで放っておいたらその人は年金を受け取れないことになる」との大義名分のもと、本人の確認がとれなくても納付免除・納付猶予の手続き事務を進めたとか。

ところが、真相は収納率偽装のための分母減らしだったのです。納付率を上げるには納付者(分子)を増やすより未納者(分母)の数を減らす方が手っ取り早い。ニートやフリーター等に役所から連絡を取り、あるいは取れなくても納付免除・猶予者としてカウントし分母の数を減らしたとか。かくしてノルマ達成のためのなりふり構わぬ「分母削減作戦」が展開されたのです。

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話変わって、去る5月29日の中日新聞に「21世紀型学校教育を拓く会」設立の記事が載っていました。大見出しは「学校教育 『横並び型』の打破へ」。「県内各地の教育長、校長などの教育幹部やOBの有志が集まり、今後の公立小、中学校のあり方を話し合う『21世紀型学校教育を拓く会』設立総会が28日(中略)開かれた。」と伝えています。そして会長には愛知教育大の魚住忠久名誉教授が選ばれたとのこと。

会の目的は、「横並び」「指示待ち」の教育スタイルを打破し、各学校が地域の特性を生かして「自ら判断し、責任を持って企画、経営する」力を向上するための研究を進めることにあるようです。

魚住先生は、私にとっては20数年来の知己で、新しい教育のオーソリティー。私の出身校でもある緒川小学校は先進的な教育のパイオニアで、30年近い研究実績があります。いわゆるオープンスクール教育の草分けで、主体的教育、自ら学ぶ教育、個性化・個別化教育等々のキーワードに代表される教育の研究・実践が連綿と続けられています。そうした教育の指導・助言者として魚住先生には数多の機会を通して緒川小学校の教育に関わっていただいているのです。

緒川小学校は文部科学省の開発実験校にも指定され、その研究・実践の成果が4年前の学習指導要領の改訂に盛り込まれ、緒川方式が全国版となって展開されました。いささか乱暴ですが、その教育の特色を一言で表現すれば「横並び(管理)」や「指示待ち(ノルマ)」の打破ということです。

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以上、最近の報道から三つの話題を取り上げてみましたが、別に「三題噺」にしようというわけではありません。が、この三つの話題には共通する一点があります。それは「ノルマ」「管理」についての問いかけ。これらの問題は、トップダウンによる目標達成のためのノルマや管理が、いかにその組織にひずみをもたらし問題を惹起するかを物語る好事例だと思います。「ノルマ」達成のための「管理」のもとでは、主体性は踏みにじられ、「個」を生かすことや「個」を尊重する精神は望むべくもありますまい。

 キリンのケースでは、末端のクライアントのニーズに対応した商品開発、販売戦略は、うちからの活力を呼び起こし「ノルマ」の影の宿る販売奨励金も必要としない体質に転換されたのでしょう。

 「管理教育」、今は昔ながら、依然学校教育の中身に画一的横並び型・指示待ち型の部分があるのも否めない事実。指示を待つことなく、自ら学ぶ意欲を持ち主体的に行動できる子どもの育成をはかることの必要性は今さらいうもでもありますまい。

 役所・役人の保身能力の優秀性には頭の下がる思いですが、その裏には強力な「ノルマ」と「管理」があることはいわずもがな。さらに「隠ぺい」が保身の上塗りをするために、事は一段とやっかいになるという構図。

 いずれにしても主体性が尊重され、個が生かされる社会であってほしいと願うのは私一人ではありますまい。   合掌

《2006.5.30 住職・本田眞哉・記》

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