法 話

(79)「自己学習力

自ら法に帰依したてまつる。

まさに願わくは衆生とともに、

深く経蔵に入りて、

智慧海のごとくならん。

『三帰依文』より

「自己学習力」

きょう、午前10時から地元の東浦町立緒川小学校の会議に出席しました。何の会議かといえば、「緒川小学校オープン・スクール30周年記念式典・行事・自主実践研究会 第4回企画委員会」という長い名前の会議。

会議の名前が示すように、緒川小学校では30年前、オープン・スペースの校舎新築を契機としてオープン・スクール教育を導入しました。以後、実践研究を重ね、十数回余に及ぶ指定・自主研究発表会を重ねてきました。こうした数々の実践の積み重ねの成果は、前回の学習指導要領の改訂の折りに、中央教育審議会の議を経て盛り込まれました。「緒川方式」が全国版になったのです。

今年その歩みが30周年を迎えるのを期して、今まで積み重ねてきた実績を振り返って検証するとともに、31年目からの新たなる緒川小学校の教育のあり方を考えよう、というねらいのもと30周年記念事業が企画されました。

同じテーマで一つの学校が30年間にわたって研究・開発・実践の活力を継続・維持することは並大抵のことではありません。学校長をはじめ、教職員のみなさんの並々ならぬ意気込み・努力がその源泉であることはいうまでもありません。加えて、PTAのみなさんの理解と協力、地域のみなさんの支援が大きな力となっています。

私こと、東浦町教育委員を長らく務めさせていただき町内の小中学校の教育に関わりを持ってきました。そうしたなか、緒川小学校の個性化教育の研究実践現場は大変厳しいものであることを承知しております。知多管内55町の教員の人事異動の時期になりますと緒川小学校に関することがとかく話題になります。

異動先として緒川小学校を希望する先生方には両極があるようです。緒川小学校のオープン教育について現場で是非学びたい、個性化教育の研究・開発に関わりたいと希望する先生方。一方、緒川小学校だけは行きたくない、煩瑣で多忙な個性化教育への取り組みは自分の性に合っていないとする先生方もあるようです。

では、緒川小学校で30年間研究・開発・実践を重ねてきた教育とは一体どんな教育なのでしょう。オープン教育に端を発した「緒川方式」の教育の歴史の中から、そのキー・ワードをピック・アップしてみました。概ねそのアウト・ラインが掴めるかも知れません。

オープン教育 総合学習 ティーム・ティーチング ゆとり 合科 個性化教育 生活科 ラーニング・センター 自ら学び自ら考える 生きる力 横断的学習 自己学習力 週間プログラム 励み学習 オープン・タイム ノー・チャイム 個別的学習 自己教育力 etc.

要するに、オープン教育というのは、私流にひと言でいえば、子どもたちが自主的・主体的に学ぶ力を身につけるよう指導・支援する教育といえましょうか。強制的に教え込むのではなく、自ら学ぶ自己学習力を育てるのがねらいだと思います。

そのためには、子どもたちが学習に興味・関心を抱くような“場”を多種多様に用意することが求められます。その“場”が「総合学習」なのでしょう。この総合学習は、教科面での「合科」や「横断的学習」が文字通り総合されたもの。教科のみならず、地域との連携によってさらに幅広く掘り下げた総合学習活動を展開することができます。

そもそもこうした個別化・個性化教育は、「詰めこみ教育」「知識偏重教育」のアンチ・テーゼとして導入されたものではないでしょうか。かつて「落ちこぼれ」「非行化」「暴力化」の言葉が日常化し「荒れる学校」がたびたびメディアで報道された時代がありました。その原因は詰めこみ教育・受験競争一本槍教育にあるとした論調も多々見受けられました。

そうした教育の反省に立って、集団的に知識を詰め込む教育ではなくて、“個”に応じたメソッドで子どもたちにアプローチし、押しつけでなく自ら学ぶ力を引き出そうとする教育に方向転換しようとしたのでしょう。

緒川小学校のオープン教育は、出発点においてはトップ・ランナーではありませんでした。2番手か3番手か、あるいは4番手だったかも知れません。しかしながら30年間続けて研究・開発・実践している学校は他にありません。日本全国オンリー・ワン。そして今や全国にその名を馳せるとともに、「緒川方式」から生まれた教育メソッドが全国で実践されているのです。

ところがです。去る831日の新聞を見てビックリ。「小学校の授業時間数増」「ゆとり象徴『総合』削減」の大見出しが一面に踊っているではありませんか。「文科省方針」のサブタイトル付きで。

学習指導要領の見直しを進める中で、全体的には授業時間を増やすが総合学習の時間は削減。逆に、国語・算数・理科・社会などの時間は増やすというのが骨子。いわばゆとり教育は学力低下を招くと言いたいところなのでしょうか。

昔から文(部)科省の方針は振り子のようだ、とも言われています。今回伝えられる指導要領の改変はかつての詰めこみ教育へのゆれ戻しではないかと危惧されるところです。そんな意図は別としても教育現場が戸惑うのは必至でしょう。

いや、まだまだ方針が固まったわけではありません。政権トップが代わったのですから微妙に変化するかも。安倍首相が政権を放り出して政局は大混乱しました。代わって福田政権が誕生。同じ自民党政権ながら政策の違いは数々あるようです。

教育に関しても、「教育再生会議」は会議内の空気が微妙に変化しているような感じを受けます。道徳の教科化が見送られ、小学校の英語教育も影が薄れたようです。教科書検定にかかる沖縄の「集団自決」への旧日本軍の関与の問題も、異例の転換を見せようとしています。沖縄現地の11万人集会の影響も大きいとは思いますが、政権が代わったことによる振り子のベクトルの変化ではないでしょうか。「教科書検定には政治は干渉しない」という政府要職者の発言もありますが、果たして…。

ともあれ、指導要領の改訂がどんな方向に向かおうとも、オープン教育の意(こころ)は21世紀を貫いて教育界に欠くべからざるものであると思うのは私一人ではありますまい。

合掌

※「深く経蔵に入りて智慧海のごとくならん」経蔵=図書館

 自ら図書館へ行って、智慧が海のように広大になるよう学びましょう

 《2007.10.2 住職・本田眞哉・記》

  to index