■研修紀行 V

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アジア文化交流センター02夏の研修──

 中国・世界遺産

  九寨溝と黄龍、大足石刻群調査研修紀行 H


  (チアン)族のレストラン「山菜王」

ところで、四川省の少数民族はといえば、チベット族、チアン族、
カイ族。ガイド氏によれば、そのうちチベット族とチアン族がそれぞ
10万人で多数派とか。さらに、それぞれの民族は独特の色の帽子を
かぶってトレード・マークとしているとのこと。チベット族は赤い帽
子、チアン族は黒い帽子、カイ族は白い帽子。

「あッ、いるいる、黒い帽子…」。バスの窓から見える黒い帽子の
女性。「ここで降りま〜す。レストランです」。とガイド氏のアナウ
ンス。時計を見ると午後
2時。バスを降りてレストランの入口に向か
うと、黒い帽子をかぶり赤色派手ハデのチァン族衣装を身につけた美
人が「コンニチワー」と手を振ってお出迎え。

レストランは高床式の丸太造りで、その名は「山菜王」。席につい
て唐辛子やニンニクらしきものがぶら下がっている梁を見上げている
と、いきなりアカペラの大合唱。合唱というよりは雄叫びといった感
じ。歓迎のこころを込めて“民謡”を歌ってくれたのです。


        ▲レストラン「山菜王」

料理は山菜らしきものが主で、肉類もあった記憶ですが余り箸が進
みませんでした。ただ、ゆでたジャガイモが口にあったことが印象に
残っています。なお、ここ茂県地方の標高は1,500m。

午後2時40分、バスは九寨溝をめざして出発。全面灰色の岩山、その
山懐に散在する石造りの集落。こんなところで何を生業とし、どのよ
うな生活をしているのでしょうかチアン族は。聞くところによれば、
主に農業を営み米やトウモロコシを主食としているとのことですが、
緑豊かな水田や畑は見当たりません。

午後4時を過ぎたころから道はだんだん険しくなり、ついに九十九折
り。バスはヘアピン・カーブで急ハンドルを切るたびに右に左に大き
く揺れ、少々気分の悪くなる人も。標高は一気に上がり2,700m。着
いたところは松藩。6時30分。

松藩はかなり賑やかな街。古い部分と新しいところが混在し、目下
街並み改造中。九寨溝観光道路整備のための道路拡幅で整理・改築さ
れたところは真新しい商店街が展開していました。ここでまた渋滞。
渋滞中の時間を利用してのガイド氏の解説によれば、ここ松藩はチベ
ット族の居住地。

唐の時代の松藩は松州と呼ばれ、かつて漢族とチベット族の間で戦
争があったところ。元来中国語は通じない地区ですが、今は中国(漢)
人の旅行者が多いため商売上中国語を使わざるを得ない。そこでチベ
ット族の人は今一生懸命中国語を勉強中。

松藩を出て30分ほどすると、車窓にのっぽなモニュメント。「紅軍
長征記念碑」だそうです。1934年から1936年にかけて、紅軍が国民党
軍と戦いながらこの地を通って12,500qを徒歩で移動した、いわゆる
「長征」の記念として建てられたもの。カメラの収める余裕もなくモ
ニュメントは窓外に消え、バスはほどなく川主寺
(せんしゅうじ)の街に
入りました。

岷江水源地を経て九寨溝へ

話は飛びますが、ガイド氏から得たこの地に関わる情報を一つ。現
在、このあたりに新しく空港を建設しているとのこと。その名は「九
黄机場」。まさに九寨溝と黄龍の観光のための空港でしょう。航空便
を利用すれば、成都からの所要時間は陸路の10分の1に短縮され、大
変便利になりましょう。反面、利便性が増せば大混雑し秘境が秘境で
なくなり、環境問題も深刻に…。

川主寺の街には新しい商店が建ち並び、ホテルもいくつか見られ、
なかなか繁華な街。「左へ曲がると九寨溝へ、右へ行くと黄龍へ」の
アナウンス。「岷江賓館」が見える交差点を左折。九寨溝まであと
100q。時刻は7時12分、まだ明るい。

中国国内では時差がありません。東経75度から135度まで、60度の差
がありながら全国統一北京時間。したがって、西へ行くほど夜遅くま
で明るい。1994年8月、シルクロードの最西端カシュガルを訪れたと
きのこと、午後10時を過ぎてもあたりが明るかったことを思い出しま
す。

バスは比較的平坦な道を走り続けます。道路沿いには集落が点在
し、お寺も見受けられます。ボン教のお寺か、それともラマ教のお寺
か分かりませんが、境内には運動会会場の万国旗のようにタルチョが
はためき、裏山には千単位を超えると思われるおびただしい数のタル
チョが林立していました。

                里山の麓のタルチョ

しばらく進むと、今度は数本のタルチョのセットが里山の麓に点在
しているのが目にとまりました。お墓ではないかとガイド氏に訊ねた
ところ、答えはNO。自然神を祀るところとかおっしゃっていました
が、よう分かりません。

そんなところへ団員から声がかかりました。「ちょっと、バス止め
てぇ!」。そう、お察しのとおり“御用”なのです。時に7時30分。
九寨溝のホテルまで、まだ1時間は十分にかかりそう。オープン・ト
イレ第2ラウンド。道ばたの灌木の中へ分け入って、それぞれのスタ
イルで、それぞれの向きで“懸案”を解消。

一同スッキリした気持ちになってバスに揺られること10分、岷江の
水源地なるところを通過。標高は3,300m。成都から長江の支流岷江
をさかのぼること400q、私たちはついにその水源地に辿り着いたの
です。マクロ的に見れば、ここは長江と黄河の分水界。岐阜県の蛭ヶ
野高原の長良川水系と庄川水系の分水界を思い出します。地理学的に
は興味深いスポットです。

バスが九寨溝口にあるホテル「九寨溝国際大酒店」に着いたのは、
陽もとっぷり暮れた8時半ごろだったと思います。ホテルのレストラ
ンで遅い夕食をとり客室へ入ると、終日移動で疲れた身体が眠気を誘
います。「お〜っと、まだ寝てはいけません! することがあります
ぞ」と天の声。

そうそう、高山病対策をしなくっちゃ。このホテルのあるところは
標高1,900mですが、明日は3,000mを超えるところまで行くので、前
日にその対策を講じておくことが必要とのこと。まず就寝前にお湯を
たっぷり飲む。水はダメ。次は頭の体操。両手の8本の指先をそろえ
て頭の天辺中央を指圧。この動作を数回繰り返すというもの。果たし
て効き目あるのかな?と疑いながら実行して「お休みなさ〜い」。

           《次号へ続く/2003.3.30本田眞哉・記》



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