■研修紀行 X

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アジア文化交流センター04夏の研修──

 中国・高原都市

  麗江・大理・昆明の少数民族との出会い G

 
 

雨雲の下、ジ(サンズイに耳)クルージング

麗江発祥の地であり、豪族・木氏の本拠地である白沙村をあとにして、発車オーライ! 田園地帯を抜け町に入り、再び田園地帯を走り、バスは大理をめざしてひたすら走り続けます。

薄暗くなってきた窓外右手遠方に白い塔が見えてきました。ライトアップされた塔は家並みから突き出て幽玄な雰囲気を醸し出しています。かの有名な崇聖寺の塔に間違いない。しばらく走るとバスは市街地に入り、ほどなく大理のホテル「大理満湾大酒店」に到着。時に午後8時。

一夜明けて8月28日朝、大理は雨。傘を用意してバスへ。ローカル・ガイドは男性の伊(いん)さん。日程説明の中で、まずは湖のクルージングとのこと。ホテルから20数分走りましたか、バスは波止場に到着。総勢30名のわがパーティー、2隻の遊覧船に分乗。

雨は上がったものの雲が重く垂れ込め、水面は鮮やかなグリーンとは参らずどす黒い感じ。湖の名はジ(サンズイに耳)海。湖の形が人間の耳の形をしており、また湖面が広いので白波が立って海のようだということから名付けられたとか。海は南北の長さが40q、東西の幅は7qあって面積は253?。中国では6番目、雲南省では2番目に大きい湖だそうです。

ペー族自治州の州都・大理の町は蒼山(そうざん)山塊の麓に広がる町。海抜4,122mの馬竜峰を主峰として3,000以上の19の峰が連なっています。船から見ると山々の上部は雲に覆われ、すそ野にたなびく真綿のような細長い雲が影絵のような景観を呈しています。そしてその雲に届きそうな大塔がかすかに見えていました。あれはきっと大理のシンボル崇聖寺の三塔でしょう。

白(ぺー)族は白色がお好き

船の旅40分ほどで島に上陸。島の名は金梭(Jinsuo)島。説明書によれば金色の紡錘のようだからこの名があると。またの名を?海明珠とも。真珠のように美しいということかも。島の大きさは長さ2,000m、幅370m、面積は74万u。そして住民は267戸の白(ペー)族。

日本の島の道と同じような狭くて曲がりくねって迷路のような坂道を上っていくと、何やらお寺らしい雰囲気の建物に到着。鉦の音が響き読経らしき声も。ピンと跳ね上がった屋根と極彩色の柱・壁の山門?をくぐると正面に本堂のような建物。道教か土俗宗教のような佇まい。ガイド氏の説明では英雄が祀ってあるとのことで、合格祈願などで参拝者が多いとか。

再び迷路を辿って波止場へ。パラソルの下で地元の漁民か水揚げした魚介類を売っていました。小エビかオキアミか分かりませんが、竿秤で量り売りする光景に懐かしさを憶えました。商品の重さとバランスを取って、竿にかかった分銅を微妙に動かすしぐさ。今時の若い人は竿秤の使い方など知らないだろうなVTRカメラを回していると、「船が出るぞ〜」。

2隻の遊覧船は、低く垂れ込めた雨雲の下単調なエンジン音を響かせて進むこと40分、周城近くの港に到着。周城は「藍染め」で有名な町。早速藍染め作業見学かと思いきや、まずは腹ごしらえ。ペー族のレストランへ。ペー族は酸っぱいものが好きとか、困ったなぁ。でも、食した印象では普通の中国料理とあまり変わりはありませんでした。ごちそうさま。

それよりはといっては何ですが、レストランの2階からの眺めはめっけもんでした。緑成す水田越しに建ち並ぶ白壁の家々、そしてその向こうに遠く海の水面。ご存知、ペー族は白い色を基調とする伝統文化を誇っています。女性のコスチュームも白を基調とし、帽子の外縁と垂れ下がる房も純白。白い色は高貴な色とされているとか。

藍染めのふる里「周城」から喜州鎮へ

周城鎮は「藍染めのふる里」として有名。また「周城」とはペー族の言葉で「製造の町」を意味するとも。訪れた藍染め屋さんは伝統的な「三房一照壁」の造りでした。中底には直径2mもある桶が2個。中には文字通り藍の熟成した液体が満々。一つの樽では、顔の皺が経験の豊かさを物語る職人が竹竿で桶の中の藍をゆっくり攪拌していました。

ふと見ると、足元に高さ数十センチの草木。その葉はお茶の葉のような、あるいは千両の葉のような葉。聞けばこれが「藍」。煎じて飲むと風邪薬の効用もあるとか。この葉を水につけて、大理石と一緒に発酵させて1か月ほどねかせると藍ができ上がるとのこと。因みに大理市はその名の通り大理石の産地。

店には藍染めの衣服はもちろん、ハンカチ、バッグからタペストリーに至るまで、所狭しとぶら下がっています。わがパーティーの女性陣、品定めと値切り作業に大童。と、背後から英語の会話。振り返ると西欧人が商談中。藍染めの色合いと素朴な出来栄えが西欧人にとっても魅力なのでしょう。

藍染めのおみやげをたっぷり積んで専用バスは喜州鎮へ。喜州鎮はペー族喜州人の集落。舟形をした二重屋根の庇がピンと反り返った独特の建築様式の門楼。土木構造の二階建て、切妻瓦葺きでやはりピンと跳ね上がった庇の住居。壁は白く塗られ、梁や柱には彫刻が施されています。また図案をあしらった大理石が軒下にはめ込まれていたりして、芸術的価値の高い建築様式。

そうした街並みを今回はロバ車で見学と相成りました。6台のロバ車に分乗して古い喜州人の街をパカパカ、パカパカ。途中現に生活している民家へお邪魔。典型的な三房一照壁の家で、家の中は煤けて暗い。中底の石畳もすり減って時代を感じさせます。聞けば築150年とか。《次号へ続く/2005.4.2記》

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