■研修紀行 Ⅵ

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アジア文化交流センター05夏の研修──

 中国・雲南

  シャングリラ《中(ちゅうでん)》を訪ねて ⑧
 

●カターとお酒で歓迎

 自然色豊かな属都湖の見学を終えて、バスは再び泥道へ。約1時間でホテルに帰着。次なる日程は、エージェントの旅の栞によれば「夕食は、チベット族のお宅を訪問し民俗舞踊ショーをお楽しみください」とあります。

 ホテルで夕食をすませ、バスで10分ほど走ったでしょうか、とある“豪邸”らしきところに到着。チベット建築独特の門の前では、すでに歓迎のセレモニーが始まっていました。ウエルカム・ソングがアカペラで歌われるなか、団員一人ひとりは「カター」を首にいただき“入門”。この作法は松賛林寺でも経験したところですが、来客の首に白い絹織物をかけて歓迎の意を表すとともに、来訪者の幸せを祈るという意味もあるようです。

 次なる儀式の“関門”は「飲酒」。グラスはそれほど大きくありませんでしたが、お酒のアルコール度はかなり高いようで、杯を干した後は一様に無言で目をパチクリ。アルコールに弱い私はパス。お味の方はいかがだったでしょうか。

 門を入ると、前庭も広く素晴らしい豪邸。案内されたところは、広さが200平方メートルはあろうかと思われるホール。座卓がコの字形に並べられ、中央にはショーのためでしょうかフローリングのスペースが確保されていました。もうすでに現地人の客が席に着き、中にはアルコールが入り気勢を上げているグループも。

 私たちの席の前にはデーンと大きな“大黒柱”。直径が2mもあろうかと思われる自然木。表面は皮をむいてピカピカ光っているものの、立木をそのまま柱にしたのではないかと思われるほどの収まりよう。そこに連なる梁には龍の彫刻がビッシリと彫られていました。

●松茸御殿で民俗舞踊ショー

 座卓の上にはお酒とおつまみが並べられ、丁重な接待。お酒は焼酎で、おつまみはチベット族固有のメニューだったと思いますが…。日本人は私たちのグループのみで、他はチベット族か漢族か定かではありませんが、全て中国人。私たちは「蚊帳の外」といった感じで、落ち着いてお酒を飲んだり、おつまみをいただいたりできる雰囲気ではありませんでした。

 間もなくショーが開幕。日本語の解説がなかったので定かではありませんが、まずはチベット族の民俗舞踊の披露のようでした。例の片肌脱いだスタイルの民族衣装で、前述の「カター」を手に飛び跳ねて踊る単純な踊り。音楽は残念ながらテープ。生演奏の民俗音楽があったらなあ、と思ったのは私ひとりではありますまい。

 もう一つ残念だったのは、目の前の大黒柱。踊りはその柱の向こう側で主に演じられ、私たちの席の方へ向くのはまれで、ほとんどお尻を拝見という次第。ここでもまた「蚊帳の外」。

 一区切りついて、司会者がマイクを握り何か声高にしゃべりまくっています。どうも外題が変わる模様。とたんに現地人の席が活気に満ちてきました。万雷の拍手に迎えられて男性歌手が登場。今をときめく人気スターなのでしょうか。伴奏のテープの音量も歌手の声もボリューム最高。建物全体が唸りをあげているよう。鼓膜が破れんばかり。歌声に酔いしれてか、はたまた演出なのか、興奮した聴衆が次から次へとフロアーに飛び出し、歌手の首にカターを“献上”。歌手も歌いながら愛想よく応対し、ホールは興奮のるつぼに…。私たちはますます「蚊帳の外」。

 スッキリしない後味を残して豪邸を後にしましたが、この館、「松茸御殿」とも呼ばれているようです。雲南省の山には松茸がよく出るそうです。しかし中国人はあまり松茸を食さないとか。いうまでもなく日本人は松茸を大変珍重します。そこで日本の商社が買い付けに行ったのでしょう、雲南省からは日本へ松茸がどんどん輸出されている模様。貨幣価値の差、人件費の差から見てもこの仕事、双方にとって大変うま味のある話。この御殿の主は「松茸産業」の元締めなのでしょう。《次号へ続く/2006.3.18記》


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